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峡谷から吹き上がる朝風に煽られ、腰まで伸びた、その髪が生きてでもいるかのように膨らんだ。
紅いのは髪の毛だけではない。
今は衣に隠れているが、肘から先と膝から下にも獣のような紅い毛がびっしりと生えていた。
朽葉色の小袖の上から打ち掛けた真っ黒な熊の毛皮が、紅い髪をさらに映えさせていた。
腰には鹿の毛皮をなめした行縢を巻きつけている。
右腕にはユガケと呼ばれる革手袋を、背には箙代わりの革製の筒袋と小さな弓を背負っている。
そばまで寄って顔を見れば、それは人に見えた。
年の頃は十前後。
への字に結んだ口。
つりあがった大きな目の上に、すすきの穂を貼り付けたような形の眉がのっている。
口を開くと、人より長い犬歯がのぞく。
少々癖はあるが、顔だけ見ればただの童だ。
名をイダテンという。
*
顔は妙に火照り、足もとがふらついた。
ここ二、三日の寒さで風邪をこじらせたようだ。
上空で弧を描いている鷹が、きゅーきゅーと鳴く。
褒美をねだっているのだ。
先ほど捕えた鼠を投げてやる。
鹿と手斧を回収しようと岩場を蹴った。
そのとたんに谷底から風が吹きあがり、あおられた。
一尺以上流され、着地する場所を失った。
落ちながらも崖から張り出した赤松の枝に手を伸ばし、右足の届く場所を探す。
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