第一話  鬼の子

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峡谷から吹き上がる朝風に(あお)られ、腰まで伸びた、その髪が生きてでもいるかのように膨らんだ。 紅いのは髪の毛だけではない。 今は衣に隠れているが、(ひじ)から先と(ひざ)から下にも獣のような紅い毛がびっしりと生えていた。 朽葉色の小袖の上から打ち掛けた真っ黒な熊の毛皮が、紅い髪をさらに映えさせていた。 腰には鹿の毛皮をなめした行縢(むかばき)を巻きつけている。 右腕にはユガケと呼ばれる革手袋を、背には(えびら)代わりの革製の筒袋と小さな弓を背負っている。 そばまで寄って顔を見れば、それは人に見えた。 年の頃は十前後。 への字に結んだ口。 つりあがった大きな目の上に、すすきの穂を貼り付けたような形の眉がのっている。 口を開くと、人より長い犬歯がのぞく。 少々癖はあるが、顔だけ見ればただの童だ。 名をイダテンという。     * 顔は妙に火照り、足もとがふらついた。 ここ二、三日の寒さで風邪をこじらせたようだ。 上空で弧を描いている鷹が、きゅーきゅーと鳴く。 褒美をねだっているのだ。 先ほど捕えた(ねずみ)を投げてやる。 鹿と手斧を回収しようと岩場を蹴った。 そのとたんに谷底から風が吹きあがり、あおられた。 一尺以上流され、着地する場所を失った。 落ちながらも崖から張り出した赤松の枝に手を伸ばし、右足の届く場所を探す。     *     
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