第十三話  人ではないモノ

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第十三話  人ではないモノ

忠信は、姫の戯れかたが気にかかった。 はしゃいでいるといってよいほどだ。 少なくとも、これまでの姫であれば、忠信のことを人前で茶化すことはなかった。 常と違う状況に舞い上がっているのではないか。 これが、先日、姫の伯母上の尽力により届いた唐猫にであればよい。 だが、いかに神の眷属か鬼神のごとき力を持っていようとイダテンは異形の者なのだ。 だからと言って、姫の様子を気に病んでいても始まらない。 なによりイダテンには聞きたいことがある。 「繭殿、ああ、いや……おばば様は息災かな?」 老臣に言われてようやく、そんな名だったかと思い出す。 イダテンにとっては、おばば、が名そのものだった。 おばばを質に何かを企んでいるのだとしても、もはやその心配はない。 「一年前に死んだ」 イダテンの言葉に、姫は小さく息を飲む。 老臣がわずかに腰を浮かした。 手の中の扇がきしんだ音をたてた。 「……病か?」 病ではなかったが、無駄な説明は避けたかった。 小さくうなずくと、それとわかるほど肩を落とした。 「それでは、ひとりで暮らしているのですか?」  姫が、場を取りなすように疑問を口にする。 答えるまでもない。 退治しようとする者はいても引き取ろうとする者などどこにもいない。 それが肯定だと受け取ったのだろう。姫は続けた。 「いくら人並みはずれた力があるといっても、不便なことも多いのではありませんか?」  不便などという生易しいものではない。毎日が生きるか死ぬかだったのだ。お前らにはわかるまい。 黙り込んだイダテンを見て、老臣が、いらついたように声を上げた。 「イダテン、答えよ!」 姫は、自分の問いがイダテンの癇にさわったことに気がついたようだが、表情一つ変えず老臣に提案した。 「どうでしょう。イダテンがここで暮らせるよう考えてみては。じいであれば、なにか良い仕事を見つけられるのではありませんか」 「姫様、それは……」 老臣は、言葉を濁したが、イダテンには老臣の言いたいことがわかった。 仕事がないのではない。 力仕事なら人の十倍、百倍はこなせよう。 国府と馬木をつなぐ峡谷沿いの峠道は父であるシバの力無しには切り開かれなかったと聞いている。 だれが見ても一目で人間ではないとわかるイダテンを姫のそばにおきたくないのだ。 その気持ちが透けて見えた。 だからといって、老臣に憎しみを覚えることはなかった。 誰もが、この姿を見れば逃げ出した。 こうして家に迎え入れ、話しかけてくる者など皆無だったのだ。 少なくとも、老臣はイダテンに敵意や悪意を持っていない。 それは今、自分がこうして生きていることを見ればわかる。 目の前の姫の考えがどうであれ、この老臣の腹一つで寝首をかくことはできたのだから。     *     
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