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忠信は、あわてると同時に姫のしたたかさに舌を巻いた。
事前に無理だと伝えてあることを、あえて、この場で持ち出すのは、いくばくかの譲歩を引き出せると踏んだからだろう。
むろん、忠信とてイダテンの使い道は考えていた。
宗我部の謀反に備え、海田に通じる甲越峠に監視所を設けようと考えていたのだ。
様子を見るために海田に忍び込ませるのも良いだろう。
それを引き受けるのであれば住処を与え、生きていくに困らぬほどの手当てを与えることもできる。
しかし、忠信の一存で決めることはできない。
これには姫の父であり、国司である阿岐権守の許しが必要となる。
「おばばの遺言がある」
イダテンが、唐突に声を発した。
忠信は扇を振り開き、救われたように身を乗りだす。
「おお、何じゃ、それは?」
姫も興味深げにイダテンを見つめた。
「人とまじわるな。信用するな」
姫は、イダテンの言葉に息をのみ、唇を震わせた。
忠信は、返す言葉を失った。
そしてイダテンが尋ねてきた。
「なにが目的なのだ」
姫はイダテンの問いの意味するところを、すぐに理解できなかったようだ。
困惑した表情で忠信に目を向けた。
忠信は、静かに扇を閉じた。
その表情としぐさでイダテンは察しただろう。
少なくともこの年寄りが、善意だけで看病させていたわけではないということを。
姫は瞼を伏せた。その長い睫毛が震えていた。
「あなたとおばば様を、そのような気持ちにさせたこと……この地を治める者の――」
「姫様!」
忠信は、あわててその言葉をさえぎった。
そうしなければ姫は、詫びの言葉を口にしただろう。
それだけはさせてはならない。
帝を支え続けた主人の家系に。零落したとはいえ、いずれは関白と謳われた主人の顔に、遡れば帝の血をひく姫の家系に泥を塗ることになる。
性根のやさしい姫に育ってくださったのは良いが、立場を考えぬ素直さも時と場合による。
姫も、それに気付いたのだろう。言葉を重ねることはなかった。
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