第十三話  人ではないモノ

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忠信は、あわてると同時に姫のしたたかさに舌を巻いた。 事前に無理だと伝えてあることを、あえて、この場で持ち出すのは、いくばくかの譲歩を引き出せると踏んだからだろう。 むろん、忠信とてイダテンの使い道は考えていた。 宗我部の謀反に備え、海田に通じる甲越峠に監視所を設けようと考えていたのだ。 様子を見るために海田に忍び込ませるのも良いだろう。 それを引き受けるのであれば住処を与え、生きていくに困らぬほどの手当てを与えることもできる。 しかし、忠信の一存で決めることはできない。 これには姫の父であり、国司である阿岐権守の許しが必要となる。 「おばばの遺言がある」 イダテンが、唐突に声を発した。 忠信は扇を振り開き、救われたように身を乗りだす。 「おお、何じゃ、それは?」  姫も興味深げにイダテンを見つめた。 「人とまじわるな。信用するな」  姫は、イダテンの言葉に息をのみ、唇を震わせた。 忠信は、返す言葉を失った。 そしてイダテンが尋ねてきた。 「なにが目的なのだ」 姫はイダテンの問いの意味するところを、すぐに理解できなかったようだ。 困惑した表情で忠信に目を向けた。 忠信は、静かに扇を閉じた。 その表情としぐさでイダテンは察しただろう。 少なくともこの年寄りが、善意だけで看病させていたわけではないということを。 姫は瞼を伏せた。その長い睫毛が震えていた。 「あなたとおばば様を、そのような気持ちにさせたこと……この地を治める者の――」 「姫様!」 忠信は、あわててその言葉をさえぎった。 そうしなければ姫は、詫びの言葉を口にしただろう。 それだけはさせてはならない。 帝を支え続けた主人の家系に。零落したとはいえ、いずれは関白と謳われた主人の顔に、遡れば帝の血をひく姫の家系に泥を塗ることになる。 性根のやさしい姫に育ってくださったのは良いが、立場を考えぬ素直さも時と場合による。 姫も、それに気付いたのだろう。言葉を重ねることはなかった。      *
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