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今のやり取りで、老臣や姫が、おばばと自分の置かれてきた境遇を掴んでいたことがわかった。
知りながら何もしてくれなかったことも。
しかし、先ほどと違って怒りは湧いてこなかった。
そもそも、世間知らずの姫や公家侍になにができよう。
姫が、イダテンの顔をひたと見つめてきた。
肩に力が入っているのがわかる。袖の下の両手を強く握りしめているのだ。
「――ですが、わたしはあなたのことを信じます。皆が驚く力を持ちながら、その力を一度たりとも奮わなかったあなたは誰よりも……」
イダテンは、邪険にその言葉を遮った。
「おばばが生きておったからな」
ささらが姫の表情がこわばり、イダテンを見つめるその目から涙が一筋こぼれ落ちた。
姫は察したのだ。
怒りにまかせて力を奮えば、人間たちの矛先は弱者であるおばばに向かったであろうことに。
なにをされても耐えるほかなかったであろうことに。
人とは泣くようにできておるのだろう。
おばばもよく泣いた。
おれは人ではないから泣けぬのであろう。
声もあげず、ぽろぽろと涙をこぼす姫を見ながらそう思った。
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