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第二話 赤目の男
放たれた矢は、狙った場所に寸分たがわず打ち込まれた。
だが、矢が届いたときには、その場所にイダテンの姿はなかった。
誤算といえば、目の前を何かがさえぎり、わずかに矢を放すのが遅れたことだろう。
一間ほど先の地面には、鼠の死骸が落ちており、上空には鷹の姿があった。
従者が崖下を覗いて、「殿」と声をかけてくる。
従者が指し示した先に、渓流を流れていくイダテンと鹿の姿があった。
二の矢を放とうとするが渦巻く川の流れは早く、あっという間に遠ざかった。
「くそっ!」
顔が紅潮していくのがわかる。
従者どもは、兼親の怒りに気づかず、口々に騒ぎたてた。
「なんという素早さじゃ、信じられぬ」
「鹿を担いであの動きか。まるで手妻ではないか」
「猿(ましら)のごとく樹上を飛び、疾風(はやて)のように駆けるとは聞いておったが」
「さすがに、鬼の子じゃ」
「それよりも、あの髪じゃ。まさに赤鬼と呼ぶにふさわしい、燃えるような髪であったぞ」
「角が無いように見えたが?」
「あの髪の中に隠れておったのだろう。角のない鬼など聞いたこともない」
「ええい、うるさい! 黙れ、黙れ!」
兼親の怒りに従者どもはようやく口をつぐむ。
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