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第二十八話 大望
沢を渡り、行く手をさえぎる枝をくぐり、シダを踏みしだいて先に進む。
山を歩こうではないか、と三郎に誘われたのだ。
三郎は、時折立ち止まり、息を切らしながら、このあたりには平茸が、このあたりにはシロタモギタケが生える、と教えてくる。
そういったことは、他人には教えないものだと、おばばから聞いたことがある。
教えるにしても、それが生えているときに教えるべきだ。
だが、それを承知の上で教えているのだろう。
薄々気がついたのだ。
イダテンは、ここにとどまらぬだろうと。
そして住処も教えず、二度と会いに来ないのではないかと。
そうでもなければ食い意地のはった三郎がこのような場所を教えるはずがない。
茸の時期は限られる。
ここを教えておけば会える可能性があると考えたのだろう。
「イダテン、おまえの大望は何だ」
邸からさほど離れていない長者山の中腹にある扇岩に座り込むと、突然、三郎が尋ねてきた。
眼下には田畑が広がっている。
餓死と隣り合わせで生きてきた者に、そのようなものがあるはずがない。
生きていけるだけの食料を手に入れたいと願っていただけだ。
差し出された干し柿を受け取りながら、
「そのようなものはない」
と、答えると、
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