ご隠居愛人

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京香は大きなため息をつき、大きく息を吸い込んだ。 ん? なに、この匂い。 香ばしく苦く、なにやら誘われる匂い。 京香は横断歩道に乗せた足を止め、匂いの方向を見やる。 そこにはワゴンが停まっていた。 黒と焦げ茶をうまく配色したワゴン。 後部座席横から茶のひさしが延び、その下にはカウンターがある。椅子がないところを見ると立ち飲み屋のようだ。 脇には黒板の立て看板。 --------------- 気品と教養のブルマン☆500円。 ほっこりあじさい☆マンデリン450円。 おすましカルガモ☆モカ450円。 くららん蔵の街☆ブレンド400円。 わたらせ☆ガレット600円(苺またはハムチーズ)。 --------------- ふうん。 ちょっとは洒落たものができたのね、と京香は足を向けた。隣町の小山市で映画を見て駅ビルのスーパーで買い物を済ませ、夕飯を作ろうと思っていたが面倒になった。疲れたので食欲もない。ガレットでちょうどいいと思った。 ワゴンに近付くと、中にいたひょろりとした男性と目があった。 黒いシャツに茶色のエプロン。 「ガレットちょうだい。それとブルマン」 「はあい」 カウンターに寄りかかって気だるく注文をすると、聞こえてきたのは声色高めの男の声。     
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