ご隠居愛人

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同じ28なら、湿気た田舎の駅前でコーヒーをいれるのと愛人とどちらが幸せだろう。 28の自分なら愛人と即答していたはず。 ……今は? 「ガレットはどちらにしますか?」 「どちらって?」 「イチゴかハムチーズになりますけど」 「どっちも食べたいんだけど」 「両方挟みますか? ハムチーズの上にイチゴ……」 「冗談? やめてよ、そんなの」 京香は想像した。口の中で混ざり合うふたつの味。甘酸っぱいイチゴとチーズとハムがぐっちゃぐちゃになるのを。 うっ。気持ち悪い。 どちらかしか選べない。 でも両方悪くない。 ふたつ注文するか。 もしくは半分に切ってもらって別々に盛り付けてもらうか。 なんにせよ、どれかを選ばなくてはいけないのだ。 「それとも、このまま食べますか?」 「おいしいの?」 「溶かしバターくらいはかけますけど」 「じゃあお願い」 森戸も名乗る美青年は鼻を鳴らすと、白く細い指先でバターをつまみ、ソテーパンに入れてガスコンロにかけた。すぐにバターは小さくなり、代わりに黄色い液体が面積を広げていく。ぷうんと漂ってくるバターの香ばしい匂い。 ふつふつと泡を立てている。 なんだか、人魚姫みたいに見えた。 約束を守れず、海の泡となった人魚姫。 あのとき彼女の心はどんな感情で埋められていたのだろう。     
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