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 一年が過ぎた。  十両、前頭、十両、行きつ戻りつの毎日だったが、入幕できた安堵感から俺は、正直、少しダレていた。  部屋にほど近い川沿いに、『JINK』という喫茶店があって、練習の合間に入り浸るようになっていた。  お察しの通り、目当ては看板娘だ。  市井理奈。  女子大生だという。  たまにはテレビに写る俺だから、向こうから声かけてくるかなと、ちょっとだけうぬぼれてたら、そうなのだ。  何と声をかけられたのだ! 「あそこの部屋のお相撲さんですよね」 「え? 何でわかっちゃう?」 (わかるわい! この体格のテニスプレーヤーはおらんわっ!)  「わかりますよー。お部屋帰ってくとこみたことありますし、私コーヒー配達とかもするから、稽古みたこともありますよ」  うりざね、つるんとした長丸の顔に優しい笑み。  釣りキチ三平のヒロインちゃんみたいな、前パッツン後ろ長めストレート黒髪がつやつやしてる。  思わず前が持ち上がりそうになるが、付け人の手前ここは落ち着いときたい。  そう。  付け人。  十両まで来た俺には、いくつか特権がついてきてる。  二人の付け人もそうだし、大銀杏を結えてるのも十両ゆえ。  場所入りも着物着用を許される。  幕下以下はチョンマゲに浴衣。  付け人がつくどころか自分がつとめなくてはならない…  天と地ほどに違う関取の世界。  俺はちょっとだけだけど、役得のある方に来ていたが、それは俺だけじゃなかったのだ。  バスケ部でのかつての相棒、秋津順也が角界に来ていたのだ。  関産に進学後故障したやつは、何を思ったか相撲サークルに入った。  バスケできたえたミスディレクションと瞬発力が生きて、あれよあれよと名を上げた。  正式の部の方に招聘され、卒業時には立派な力士になっていたのだ。
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