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三
一年が過ぎた。
十両、前頭、十両、行きつ戻りつの毎日だったが、入幕できた安堵感から俺は、正直、少しダレていた。
部屋にほど近い川沿いに、『JINK』という喫茶店があって、練習の合間に入り浸るようになっていた。
お察しの通り、目当ては看板娘だ。
市井理奈。
女子大生だという。
たまにはテレビに写る俺だから、向こうから声かけてくるかなと、ちょっとだけうぬぼれてたら、そうなのだ。
何と声をかけられたのだ!
「あそこの部屋のお相撲さんですよね」
「え? 何でわかっちゃう?」
(わかるわい! この体格のテニスプレーヤーはおらんわっ!)
「わかりますよー。お部屋帰ってくとこみたことありますし、私コーヒー配達とかもするから、稽古みたこともありますよ」
うりざね、つるんとした長丸の顔に優しい笑み。
釣りキチ三平のヒロインちゃんみたいな、前パッツン後ろ長めストレート黒髪がつやつやしてる。
思わず前が持ち上がりそうになるが、付け人の手前ここは落ち着いときたい。
そう。
付け人。
十両まで来た俺には、いくつか特権がついてきてる。
二人の付け人もそうだし、大銀杏を結えてるのも十両ゆえ。
場所入りも着物着用を許される。
幕下以下はチョンマゲに浴衣。
付け人がつくどころか自分がつとめなくてはならない…
天と地ほどに違う関取の世界。
俺はちょっとだけだけど、役得のある方に来ていたが、それは俺だけじゃなかったのだ。
バスケ部でのかつての相棒、秋津順也が角界に来ていたのだ。
関産に進学後故障したやつは、何を思ったか相撲サークルに入った。
バスケできたえたミスディレクションと瞬発力が生きて、あれよあれよと名を上げた。
正式の部の方に招聘され、卒業時には立派な力士になっていたのだ。
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