第1章 事件勃発

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 それは鬱陶しい雨が降り続くある梅雨の日のことであった。生産技術部の山口部長が、土砂降りの雨のごとく白髪交じりの髪を振り乱し血相を変えて法務部にやってきた。 「い、石田君!不味いことが起きた!」僕の上司、石田次長の机に両手をつくなり我を忘れた様子で突然切り出す山口部長に、「これは山口部長。まあ、こちらへお座りください」と石田次長は応接セットのソファーに腰掛けるよう促した。この石田次長、細面の長身で銀縁眼鏡をかけ、いつも嫌味なクールさを漂わせている人物である。 「で、不味いこととはいったい何ですか?」 あの普段は冷静な山口部長が焦っているところを見ると相当ヤバイことだとは薄々感じながらも石田次長は穏やかに対応した。 「ああ、それが来年春に製品立ち上げを予定している第二工場加工ラインのインジェクターに使用する部品を洗浄する為に必要な高性能洗浄機を、あるベンチャー企業に二億円の研究開発委託費を払って、製作を依頼していたのだが、そこの社長から今しがた電話があって、この委託費を株の投資につぎ込み大損してしまったので洗浄機が作れなくなったと言ってきたのだ・・・」いつもは飄々としている山口部長も前のめりになり早口で喋っており、相当焦っている様子であった。  山口部長が研究開発を委託したというベンチャー企業は「株式会社ミツエンタープライズ」といい社長の末永光夫(すえながみつお)は山口部長の大学の先輩から紹介をされた人物らしい。
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