第1章 事件勃発

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年齢は45歳、T大法学部出身、短躯で七・三の髪型、四角い顔に黒縁の眼鏡をかけ、現役で司法試験に合格しているから20年は弁護士をやっているだろうに弁護士バッヂは新人並みに金ピカで、弁護士という職業に誇りと自信を漲らせている。とにかく弁護士法第一条に書かれてある社会正義実現の体現者のような人なのである。余談だが、わが上司の石田次長によると、当社男性社員の離婚問題の時に、夫側の弁護士であるにもかかわらず、妻の言い分が正しい、と裁判所での調停中に依頼人である夫に説教を始めたそうである。この男性社員から石田次長は、「なんだ!あの弁護士は!依頼人の利益をまるで無視しているではないか!」と散々愚痴を聞かされたという苦い過去があるくらいなのだ。 「・・・・・・」 「なるほど、今井さんの話だと相手側は交渉に乗ってこないのですね。うーん。これは民事訴訟を起して残金の八千万円をミツエンタープライズに返還させるよう裁判所に判決を出してもらうしかありませんね」いつものようにパソコンをひたすら打っていて、僕の方を見ようともしない吉村弁護士は不意にそう言った。 「吉村先生、例え裁判所で支払いの命令が出たとしても相手は投資に失敗してお金が無いと言っているのですよ。どうやって八千万円もの大金を払うのでしょうか?」僕の疑問にも吉村弁護士はパソコンを打ち続けながら、「そうですね・・・じゃあ、金目の物を差し押さえて残りは分割で払ってもらうようにしましょう」相変わらず淡々と進めていくのであった。 (そんなことで本当に八千万円の回収ができるのかなぁ)僕は不安を隠せなかったが、何としてでも八千万円だけでも回収して会社の損害を少しでも抑えたいという思いで一杯であった。  こうして、吉村弁護士のアドバイスに従い八千万円返還請求の民事訴訟が始まった。被告であるミツエンタープライズは弁護士も立てず、社長の末永も裁判所からの呼び出しに応ずることはなく全ての公判を欠席した。このため裁判所は早い段階で、ミツエンタープライズに対し研究開発委託費における残金八千万円を当社に対し支払わなければならないという判決を下し、こちらの要求は全て通った。民事訴訟では、裁判所からの出廷命令に応ぜず裁判に出席しなければ一方的に負けとなるのだ
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