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佳孝と大雅
「帰り何時?」
土間口で革靴に片足を入れたところで、突然後ろから声をかけられた。
「そんなに遅くはならないと思うけれど。今日は顔合わせ程度だし、連絡するよ」
珍しく玄関先まで恋人が来てくれている、きっと今日はいい日になるはずだ。
「晩飯」
佳孝が少し俯き加減で、小声で呟くのはいつものこと。人の言葉を聞き取り正確に伝えるのが仕事だが、ひと単語だけで会話しようとする相手の意図を汲み取るのは難しい。何を意図してどう答えて欲しいのか、大雅は一瞬考えた。
「え?リクエスト聞いてくれてんの?」
「いや、仕事詰まっているし、気分転換に何か作ろうかと」
「俺は飯作ったら逆にストレスだよ、いつもありがとうな」
「いや、別に……何が食いたい?」
素っ気ない態度。もう長い付き合いだから分かっているけれど、これが佳孝の普通だ。
行ってらっしゃいと頬にその唇で柔く触れてくれでもした小躍りして喜ぶのに、相手が佳孝ではそれはあり得ない。「ここんとこお前忙しくてお預けだったろ?俺はお前を喰いたい」そんなことを言ったら最後、二度と口をきいてもらえないのは大雅も重々承知している。
「ん、モツ鍋とか、どう?」
「分かった、じゃあ」
佳孝はもう用件は済んだとでもいうのか、室内履きでぺたぺたと音を立てながら部屋の奥へと戻って行った。「ああ、部屋に戻っていくわけね。そうか戻っちゃうんだ。当然だけど行ってらっしゃいの口づけとかないんだな」頭の中で佳孝に声をかけた。せめて行ってらっしゃいの一言くらいは欲しかったが、玄関まで来てくれただけでもすごいことなのだ。いつもならあり得ないと、たったそれだけのことに大雅はにやつく顔が戻せなかった。
「ゴミ、出しておくよ」
奥に声をかけて、外に出る。大きく伸びをすると、ゴミの袋を手に階段を降りた。
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