希死

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希死

彼には女友達と旅行に行くとメールをいれ、私は男と連なる山が見えるホテルに向かった。 部屋に入ると大きな窓からは山の頂上が見えた。 まだ雪が残っていた。 こんな男とでもこの景色を見られたのは嬉しかったが、山を見た男が 「死にたい。いまあなたと一緒にいる時に死にたい。」 と言った。 すぐに死にたいとか死ねばいいとか「死」という言葉を使う男だったが、この時は少し怖くなった。 この男なら私を殺して自分も死ぬことも容易くやってしまいそうだった。 どうしてこんな綺麗な景色を見ながら死にたいなんて言うのか、生きててよかったとは思わないのか聞いてみた。 「以前、8階から飛び降りたけど駐輪場に落ちて骨折しただけで死ねなかったからここなら死ねるかなと思ってさ」 男はそう言いながらお茶を入れている。 「誰かを恨んだり失望して死のうと思ったわけじゃないよ。むしろ世界に感謝したから飛んだんだ」 男の顔はいつもと変わらない。 やっぱりどうしてもこの男を好きになることはできない。改めてそう思いながら、私がここで男と死んでしまったら彼はどう思うだろう。 そう思いながら男の入れたお茶を飲んだ。
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