10人が本棚に入れています
本棚に追加
村を一望できる高台のあたりまで来た多郎は、静まりかえった故郷を見た。
畑仕事に精をだす男たちの姿は、ない。井戸を囲んで雑談にあけくれる女たちの姿も、家のまわりを走る子供たちの姿も。
ただひとつあったのは、異変。
村の中央、ひときわ目立つ装飾がなされた祠が、跡形もなく壊れていた。
まるで卵の殻を破るように、内側から何かが這いでてきた跡がある。祠の周囲は泥のような黒い水で満たされ、祠があった場所を中心とした大きな水たまりができていた。
何かが這いでた跡は、多郎のいる高台とは反対の方向へと続いている。しかし、多郎はその先を直視することなどできなかった。
力が抜ける。
倒れこむように、膝をつく。
乾いた思考のなかで、虚ろにひびく父の声。
――「眠様」を、起こしちゃなんねぇ。
最初のコメントを投稿しよう!