髪を切るということ

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 その頃、わたしはちょっとしたノイローゼになっていた。Mが言うには、会う人会う人に「切らせて切らせて」とお願いしていた。そこまでひどくなかったはず。しかし、シザーウーマンの汚名は返上する必要があった。  お願いを口にしないようになると、いらいらしてくるのがわかった。焦燥感、進歩のないことで、夢が遠のいていく感じ。  ふと、わたしは空想のハサミを手にし、それを振り回しはじめた。ジャックザリッパーになったわけではない。わたしは空想のハサミで、大学内に空想の作品をつくり出していったのだ。  はじめは、重たそうな髪をすいて減らす程度だったが、ある日からは、空想なんだからと、好き勝手になり、たがが外れた。ロングをショートに、目に映る人すべてをマニッシュにもマッシュルームにもしたし、モヒカンにもした。カラーを変え、パーマをかけた。彼女らの要望なんて知らない。  じっくり時間をかけて、空想することもできるし、一瞬にすべての行程を空想しつくすこともできた。失敗しても、空想だし、またすぐに髪を伸ばさせることもできた。痛んだ髪も生まれ変わったように輝かさせることができた。  もともと、わたしにはそういう習性があった。子供時代、空想することが得意だった。空想の友だち、空想の世界、空想の自分、空想の自由。十四歳で脳みそのクローゼットに隠したそれらが、久しぶりに姿を現したというわけ。
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