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へたれたTシャツにてろてろのズボンを履いている貧弱な体格の自分が鏡に映る。背だけがひょろりと高い。ぼうぼうに伸びた色の薄い前髪の下から明るい茶色の目が覗く。そこはまだましだけど、左目を覆う市販の白い眼帯が顔全体に不健康な印象を落としている。 他はどうにもならないとしても、髪くらい切っとけばよかった。今日は特別な日なんだからさ、何しろ。
「おい、タクト、おいってば」
ドアからロビーを覗いてこっちを手招きする奴らに俺はなに、と返事をする。
「すんごい美人が来てる! 見ろよ」
ひそひそと囁かれ、無視しているとシャツのえりを掴まれて強引に引っ張っていかれる。
あ。
噂の美人と目が合った。
玄関口の観葉植物の葉陰に立つ彼女は、施設のおばちゃんと立ち話をしていた。薄青の着物を着こなしている。白い帯の上で翡翆の帯どめが涼しげだ。結いあげた黒髪と切れ長の瞳が美しい。年ははたち前後といったところか。暗い玄関の中で、光って見えるくらいの美貌だ。
彼女が俺に向かって笑って手を振ったので、にわかにその場は騒然となった。俺は手を振り返し、おばちゃんに早くしなさいよと急かされて生返事の上、へやに引っ込む。
しーんとして見守っていた仲間達に知り合いか、と掴みかかられかわしながら俺は言う。
「養母だよっ、今日迎えに来るって言ったろ」
今日は俺が養母に引き取られて孤児院を立つ日なのである。8人もの野郎どもがへやに集結しているのは、俺を見送ってくれるためなのだ。ちなみに俺の両親は幼時に病死している。
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