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愛想良く、厨房から挨拶をするトウコを無視して、降沢以外、誰もいない店内をぐるっと見渡す。
昭和レトロの空間に、鮮やかな赤髪が浮いていた。
「ほう……。今、流行りの古民家カフェってやつか……。女が喜びそうだな」
「……お客様?」
背後から美聖が問いかけると、勢いよく振り返った男は口元を歪めて、尊大な態度で言い放った。
「あっ、俺……。降沢って人に、絵を描いて欲しいんだけど」
「…………はっ?」
その一言に、美聖は硬直し、トウコは慌てて厨房から飛び出してきた。
奥の座席にいる降沢だけが素知らぬふりを貫いていた。
店全体が居心地の悪い、森閑に支配された。
「……絵……ですか?」
美聖はどうして良いか分からず、降沢の方を見ようとして、我慢した。
大体、降沢本人が出張って来ないのだ。
あそこに画家本人がいますと、教えて良いものなのか分からなくなっていた。
「確かに、ここは降沢のアトリエではありますが、あくまで喫茶店です。そういったご依頼は、事務所を通してお願い致します」
にっこりと笑顔を作りつつ、揺るぎない口調で、トウコが美聖の前に出てきた。
やはり、降沢がここにいることは、言わない方が良いらしい。
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