00 出会い

5/6
191人が本棚に入れています
本棚に追加
/689ページ
  「あれ、どこに?」  たった今まで、存在感たっぷりに、そこにいたはずだ。 「トウコさん? どこですか?」  きょろきょろと、周囲を見渡す美聖だったが、そうしているうちに、ふと一枚の絵に目を留めた。  窓際の席の横に飾られている、小さな一枚の絵。  額縁は茶色で、室内のインテリアと見事に調和しているので、今までまったく気がつかなかった。  絵の中央に、大輪のユリの花が大きく描かれている。油絵だった。 「これは…………」  特に、奇抜な絵でもない。 (花の絵なんて……)  背景は黒に見えたが、それは光を際立たせるための技法だ。  おそらく、月夜なのだろう。花弁が艶やかに白光しているのは、月明かりを浴びているせいだ。写実的で美しい絵画である。たった、それだけの絵なのに……。 「綺麗……なのに」  ――怖い。  どうして、美聖の震えは止まらないのだろう?  そのうち、絵の中から背景の黒と、ユリの白色が同時に飛び出してくるような幻覚に襲われた。 「えっ……何で!?」   明らかに、この絵はおかしい。  驚いて後退した拍子に、美聖の肩にこつんと何かが触れた。  誰かの胸元にぶつかったらしい。  当然、トウコだろうと思い込んで、勢いよく振り返ると、そこにいたのは、別人だった。 「きゃっ!」  色気の欠片もない悲鳴をあげて、美聖はその人物から遠ざかった。  男性だというのは、外見で分かったものの、長い前髪で表情がまったくうかがえない。  白いシャツとチノパン姿は、この空間の中で異質に思えた。
/689ページ

最初のコメントを投稿しよう!