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しかし、当の本人は、そのお金で遊ぶでもなく、身なりを整えることもなく、量販店で買ってきたような、柄のないシャツとチノパン……たまにジーパン姿で、存在感の欠片もない。
いつも寝癖そのものの頭で、白いユリの絵の真下の客席に座り、特に注文するでもなく、トウコがホットか、冷たいアールグレイを機械的に提供し、それを無言で啜っている。
本や雑誌、新聞を席に持ち込んではいるが、内容は読んでいないのだろう。
たまに、くすりと笑うのは、客の会話、もしくは美聖のおぼつかない接客を淡々と観察しているからだ。
彼は日がな一日中、そこに座っている。
特に美聖に、文句をつけるでもないが、誉めることもない。
監視されている訳でもなさそうだが、何とも落ち着かない。
(苦手だわ……)
何を考えているのか分からない、美形で金持ちの画家なんて、美聖のようなタイプは絶対に関わることもない人種だ。
普通は喜ぶべき状況の中、残念ながら、そんな人間に出会えたことを幸運に感じるより、得体の知れない薄気味悪さが勝ってしまうのが美聖の性格なのである。
(なんか、今日もいるし……)
降沢は店の準備時間から、いつもの席で寛いでいる。
美聖が採用されてから、一カ月の月日が経過していて、彼の生活リズムがだいぶ分かってきたが、人となりはさっぱり分からない。
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