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宣言どおり、世界史の試験においてジルベールは学年一位を取ってみせた。
試験の結果を知らせると家族は一様に喜び、グレンのおかげで生物も再試験を免れた。
「役のおかげだよ。幸運だった」
母親が作ったスコーンにクロテッドクリームをつけつつ微笑む。家族全員分のマグカップには母とジルベールが好きなミルクティが淹れられている。
うん、いい兆候だ。
仕事も学校も上手く両立できている。
ミラベラのことだってバレちゃいない。
湯気のたつ紅茶を慎重に啜った。今日は「火傷をしたかも……」などとほざくこともない。
「母さんは、もうずっと家にいるの?」
「どうしようかなって、考えてるところなの」
父が用意した紅茶と一緒に食べるお菓子は、いつも母が作っていた。何でも今は菓子づくりに凝っているのだという。彼女は一日のほとんどを家の中で過ごすようになっていた。
ねぇ、それって僕のせい?
ジルベールは聞くことができなかった。
今の彼女の精力的な活動といえば、十代の頃から契約が続いている化粧品ブランドの広告塔くらいだ。
曰く、ジルベールと同じく子どもの頃からショウビズの世界にいた母は、そここそ自分の居場所だと信じて疑わなかったと言った。が、父と結婚し、子どもができると、まるで憑き物が落ちたかのようにその思いはなくなったらしい。
この人は一流の女優であるよりも、世のため人のためと何らかの活動をするよりも、ずっと妻であり、母でありたかったのだと言った。
宝の持ち腐れってやつか。
母親の答えにジルベールは落胆せずにいられなかった。
何かを「持っている」人間に限って大したこだわりがないのは、なぜなのだろう?
斜め前のヴァイオレットの瞳を盗み見るも、その表情はひどく穏やかだ。
それに、かねてからスカーレット=ローズ・グロリオーサの一番のファンだと言っている父が好意的なことも腑に落ちない。
おそらく母はもういつでも女優をやめていいと思っている。
どうして自分が上り詰めてきたスターダムを容易く捨てられるのだろうか。
姉や兄のマグカップが空になったことに気がついたらしい母が席を立とうとする。それを父は優しい気遣いで制した。
「いいよ。僕が行くから、無理はしないで」
何気ない夫婦のやり取りを「ちょっと太った……?」と思いつつ、綺麗な母の横顔をジルベールは見ていた。
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