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車は高速道路に乗った。この先にある都市など気にも留めていない。
いつも、どこかできるだけ遠くに行ってしまいたかった。
イギリス国内は左側通行の右ハンドルだ。しかし、この国にずっといるつもりはない。
近いうちに国境を越えるつもりでいるのだ。そう考えたときに選んだのがルノーのキャプチャーだった。世界的に見ると、左側に運転席がある車が圧倒的に多い。そんな中で不便な思いをするのは御免だ。
視界の端で映画は着々と進んでいく。……綺麗だな。【アメリカの聖女】は真珠のような涙を流していた。
風が強い。開け放った窓から吹きつける夏の風でジルベールの髪が乱れる。
……鬱陶しい。片手でも容易く車を乗りこなしてしまう彼は髪を掻きあげる。未だに襟足は伸ばしたままで長さも保っていた。
どうしても、切る気になれない。
短く息を吐いた。憂うのはもう充分だ。そうだろう……? 一度だけ、ぎゅっと目を瞑りたくなった。――堪えろ、何か他のことを考よう。そうだな……
この先にある都市のことだろうか? いやいやいや、先のことは考えない約束だ。
ひとまず一番近いトランスポート・カフェで少し休もうか。ついでに車内に溜まった空き缶や昼食のゴミも捨ててしまいたい。
助手席のホルダーに入れたままの三本目の空き缶がうるさいのだ。
眠気覚ましにタブレットを流し込む。それらをすべて噛み潰せば、ミントとメンソールが咥内に広がった。あまりの爽快感に鼻が痛くなる。
それでも疲れているのだろうか?タブレットと一緒に舌の端を噛んだ。
「痛ぇっ」
ジルベールが「あ~……クソッ!」と顔を歪める。相変わらず彼の口唇は薔薇のような色をしていた。
タブレットも効かない。コーヒーも駄目だ。――煙草は、吸わない。
いい加減に休めということだろうか?
目指すものも場所もなかった。車を走らせるだけだ。だから毎日休んでいるようなものだと思っていた。
いつだったか、長期休暇を利用して行こうかなぁ? と呑気に考えていたロサンジェルスも、もはや近寄りたくない都市のひとつだ。
今がまさに長期休暇だというのに……もしかしたら永遠にそうなるかもしれない。ともかく、彼には何もしたいことがなかった。
ジルベールは、何かを振り切るために強くアクセルを踏み込む。
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