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「やっぱり好きなの?」
腹の中に適当に食べ物を詰め込んで、チケットを頼りに二人揃って指定の座席に着いた。
そうしてミュージカルが終わるなり、クラーレットは、こう問うてきたのだ。
ジルベールは視線を向ける。彼女の意図を理解することを拒否していた。
「さぁね。………帰るよ」
「ジルっ!」
少女の手を有無を言わさず引っ張った。自分に都合が悪いことが起きると強引になってしまうところがまだ餓鬼だ。どうしようもない。
きっとクラーレットは何の気なしに尋ねたに違いない。だが、再び劇場内の明かりが灯り、僕たちはあのネオンサインの交差点まで戻らなければならないのだ。それなのに心を掻き乱さていれる場合ではない。
表情に出している必要はないはずで……僕は………ダメだな。たった三年だけだというのに少し時間を共にしただけだというのに、心を許しすぎてしまった。
「これは、ただの観光だよ」
僕は自分たちの立っ端の差に感謝した。早足で少しでも前を歩いてしまえば彼女には何も見えないのだ。
黄金の襟足の長い髪が揺れているだけになる。
いつもの颯爽とした歩きかたではなく、づかづかと大股で歩いた。未練があるって……? まさか、馬鹿馬鹿しいッ。
ジルベールは苛立っていた。
意固地になった彼は誰よりも先に劇場を出て大きな交差点へ飛び出す。早く自身の愛車に乗って安宿に戻るつもりでいた。
「疲れたろ、おいで」
「いいっ!」
しかし親切を装って差し出した腕をクラーレットに叩かれる。
「……なんなんだよ……」
自分が苛立っている理由は知っていた。そんなものは疾うに分かっていた。ただ、落としどころが分からない。どうすればいい? 彼は痛いところを突かれたのだ。自分よりもずっと年下の女の子に……「僕はっ」そう言いかけてやめた。
「帰るよ」
その代わり、まだ小さな背の女の子に目線を合わせて屈み、手を繋ぐよう促した。
ネオンサインが瞬いている。様々な色で二人の顔を染めていた。
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