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僕とは似ても似つかない黒い瞳と髪をもつクラーレットは、ちょこまかと後を追ってきた。
「ほら、急いで」
別に逃げているわけでもないが、少女と並んで歩くのは僕にとって最も難しいことのうちのひとつだった。目抜き通りが程近い路地裏を颯爽と抜け、無断で停めていた車へと向かう。それでも彼女が文句を垂れたことは一度だってなかった。
タッタッタッと軽快な靴音が追ってくる。
陽光が長く黒い影をつくっていた。
少女を抱えて愛車に放り込む。幸いにも警察は目を光らせていなかったようだ。隣に座る少女にシートベルトをつけてやり、喉元のスカーフを頭からかぶせて顎の下で結んでやった。ベルト柄のプリントがシックなのだと推されてパリで購入したものだ。店員いわく秋にも使うことができる色味らしい。苦しくない程度にキュッと結び、顔にかかっていた髪を避けてやる。
クラーレットの髪から、ふと潮の匂いがした。
そうか、今は海辺を走ってきたのだ。
海の匂いに背中を押されてエンジンをかける。カーナビゲーションで最寄りの港まで目的地を設定し、右足でグッとアクセルを踏み込んだ。
「都会の街並みにも美しく映える」と聞かされたルノーのキャプチャーは大きく目抜き通りに飛び出した。フランス車を選んだのは自分にもわずかにその血が流れているからだろうか。――今のところは何の役にも立っていないのだが。
2トーンからなり、渋みのあるオランジュの色を見たクラーレットは「好きそうね」と言った。そんな彼女はシボレーのカマロがいいらしい。カラーは黒だ。だから僕も「好きそうだ」と返しておいた。
夏雲が背を伸ばし、青い空に映えていた。銀色に輝く太陽が浜辺を焼いて季節の匂いを強くする。汗ばんだ服の内側を爽やかな風が、ひやっと駆け抜けていく。
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