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愛車が滑るように見知らぬ街を走り抜ける中、開けた窓から吹きつける風が強いのか、クラーレットは煩わしげに目を細めていた。
風は僕のシャツも同じように膨らませる。
丁寧に筋肉に添って腹部を撫でる夏の風が煩わしく、空いた右手でシャツを抑え込む。加えて長く伸ばした髪が視界を遮るのは僕も同じだった。
今にも目に入ってしまいそうにちらつく髪を掻き上げる。
「閉めないのか」
「いい」
隣の小さな女の子は忠実に僕の動作を倣っているかのように前を向いたまま言葉少なに答える。
「あなたの匂いが飛んでいくから」
ジルベールは煙草を吸わないし、匂いの強い香水を好んでつける男でもなかった。
もちろん、この顔に恥じない程度には身綺麗にしているし、清潔感を含め、容姿に関しては非の打ち所などない。
おかしなことを言う子どもだなと少女に視線をやった。
ルームミラーの中で、透き通る金色の睫毛が青い瞳に淡い影を落とす。
「ねぇ、ジル」
クラーレットが言う。
「人は一番最初に声を忘れて匂いで思い出すんだって」
「………知ってるさ」
一度ハンドルを右手で持ち替えると、ジルベールは自身の席の窓もめいっぱい開け放った。
さすれば一段と強くなった風は車内を涼しくさせ、耳の奥でひゅんっと鳴る。
これほどに風が強く吹いているというのに、この耳はクラーレットの言葉を拾ったのだろう。
もう少し早く窓を開けていればよかったか?
風の音が耳鳴りと重なる。____不快だ。
また少女は問いかけた。
「次は、どこまで行くの?」
「さあな」
そんなことは、知ったこっちゃない。
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