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ハンドルは力むことなく握ることができた。こちらに引き寄せるように握りしめることも速度を振り切るようにアクセルを踏み込むこともないゆるやかな走りだ。
車窓から波打つ水面が覗く。
陽光が差し、白く眩しい海が視界に映って見えた。
光り輝く水面を目で追うクラーレットに対し、まるで網膜を焼くような眩しさに目を細める。サングラスが、ジルベールには必要だった。
「きれいよ。ジル」
少女が潮風と太陽の光を一斉に受け止める。
気を良くして彼女は窓から後ろへ顔を出し、笑みを浮かべているに違いないと思っていたが、その瞳は何故だかこちらを向いていた。
そこで初めて先ほどの台詞は自分へのものだと気がついたのだ。
「昔の映画スターみたい」
「ハリウッドの帝王か?」
「違うわ。えっと、確かフランスの――」
その俳優を出したのは、母方の祖父が彼に似ていたらしかったからなのだが、彼女が言わんとする別の役者についてもジルベールはすぐに合点がいった。
「……それなら、僕のロミーになってくれるかい?」
海辺を行く車は道なりに進み、右へ左へカーブを曲がって坂を下りてゆく。
「………揺れるぞ」
「へっ?!」
一度波のような道路に差し掛かったせいか、不意打ちか、もしくは意味が通じていなかったのか――素っ頓狂な相槌に、つい「ははっ」と声を上げた。
「冗談さ」
反射と認識するよりも早く、相手を守るように抱いていた肩を軽く突く。
「あまり身を乗り出さない方がいい」
加減もできずに内側へ引き込んだからか、クラーレットの乱れた髪を耳へとかけた。
「余裕なのね」
「高架下から一般道までくらいならね」
「怖い人。……ダーリン」
「上等だ、ハニー?」
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