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息をするように交わした言葉はそのまま風に流れて消えた。甘さなどは微塵もない。
「窓を閉めろ。それからスカーフは結び直した方がいい」
指の先にスカーフの結び目を引っかけてほどく。気持ち程度に髪を整えてやったが、やはり全開にした窓からの向かい風には敵わなかったらしい。
結び目が指の分だけ緩んで余裕ができる。
速度はあまり出していないとはいえ、時おり波打つ道に大きなカーブばかりが続いているのだ。こんな餓鬼っ面に収まった布切れなどすぐに飛ばされてしまうだろう。
「クラーレット、窓を――」
「う、うんっ。わぁ……!」
「馬鹿!」
一体何をもたついていたのだ、彼女が頭から抜こうとしたスカーフはそのまま風に煽られて飛んでいきそうになる。
それを掴むのは、腕を伸ばした自分の方が早かった。つるりとした感触に指先が滑って――、掴んだ!
「ジルベール! 前っ」
だが、横の子どもの馬鹿が移ったらしく、目の前に海が飛び込んでくる! ____思わず舌打ちをする。
己の視界のすべてが青く輝くなかでガードレールや岩壁にぶつからないよう――掠ることさえ許されない――懸命にハンドルを操作した。
片腕では、しっかりと少女を抱いた。
車内は激しく揺れて回り、車輪の擦れる音に汗が浮かぶ。どこかで火花を目視した。
「ジ……っ」
____喋るなよ? 舌噛むぞ。
その意を込めて、小さな頭を押さえ込む。
何かにつけて人並み以上にこなすところも、肝が据わっているところも、両親からきちんと受け継いでいる。
きっと今どうなったって構わないけれど――
「………クラーレットはっ、別だろ……っ……」
幾度も回転した上、激しいドリフトを乗り越えた車がようやく止まる。
初めてそこで「は……っ……」と息を吐いた。
生意気な奴の鼻を摘んでやった。
「お前といると、命がいくつあっても足りないよな」
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