153人が本棚に入れています
本棚に追加
多分いま僕はいくらか笑っているのだと思う。目尻は下がりながらもわずかに口角が上がっているのが自分でもわかった。
「うっ」
摘んだ鼻をそのまま軽く捻ってやる。クラーレットは短く呻いて瞳を潤ませた。
「死ぬかと思ったぁあぁ」
捻られているからか、本当に寿命が縮まると思ったからなのか、大きな瞳に涙が溜まっている。おかげで僕のシャツにはまだらな染みができていた。――――もしかしたら鼻水もついてしまったかもしれない。
「不っ細工な顔だなァ」
人間の顔というものは少しでも表情を変えると、どこかしらが崩れるらしい。ジルベールには最もありえないことのひとつだった。
そんな娘っ子をにまりと笑う。
さきほどよりも深い笑みだ。
「馬鹿かよ。そんな容易く殺させて堪るか」
口の悪さこそ意図したものだ。中性的な顔をもつジルベールには、言動の端々で男らしさを垣間見せる必要があるからだ。
しかしこの鼻にかけたような笑い顔は、誰に似たのだろう?
少女の瞳に映った顔は悪魔が「ケッ」と笑うような表情を思わせた。
ジルベールに抱き込まれたままのクラーレットが彼の白いシャツからひょこっと顔を覗かせる。それから恨めしげに「でも~っ」と抗議の声をあげた。
「何だよ、ちゃんと守ったろ?」
自らはいつ投げ捨てても構わないとしているジルベールである。
だが、この少女……クラーレットだけはそうはいかなかった。
そしてどこまで勘付いているかは知らないが、幼いながらも感じ取るものがあるらしい彼女は素直に「……………うん……」と頷いた。
「だったら、いいだろ」
守るべきものは守った。
かすり傷ひとつなく。
小さな頭の、どこか覚えのある絹糸のような髪を撫でてやる。
風が車内を吹き抜けた。
「ジル、汗かいてる………」
「それはお前の体温が高いの」
一度は目いっぱい近づいてきていた海は、また遠く離れた場所できらめいている。
最初のコメントを投稿しよう!