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香水を湯に垂らしたか溶かしたか言っていたのは誰だったか。
「知らないな」
ジルベールは浴槽から手を伸ばして、香水の瓶を手に取る。ただの丸っこい瓶だ。
ミラベラは「こうなるような気はしてた……」と、なんとも言えないような諦めの表情をしている。
「本当にここに住んでるの?」
「私の部屋だって知ってるでしょう」
熱気と、しっとりとした湿気、シャンプーなどが一緒くたになる。云うならば「いい匂い」がした。
そこにミラベラが普段使いしている香水を一滴落とされてジルベールが満足そうな顔をした。
「いつもそんなことをしているの?」
浴槽に頬杖をつく御坊っちゃんをミラベラは腕を組んで見ている。金色の濡れた髪が首筋に張りついている。
人間の肌はのっぺりとしているはずなのにジルベールの柔肌は陶器のようになめらかで、みずみずしさがあった。
「僕はつけないよ?」
少しくらいならブランドと商品名を当てることもできるらしい男の子は母や姉がいるからだろうと言った。
「あなたはさ、パルファムでしょ? どこのか知らないけど……数少ないから、わからなかったのかなぁ」
「ジルが嗅ぐことのないような匂いだからだわ? 御坊っちゃん」
「ふ~ん……」
娼婦それぞれにあてがわれた部屋の室内で唯一のドアが浴室であるとバレたらジルベールは使いたがるに違いなかった。
「家で入んなさいよ……」
「嫌だよ。汗かいて気持ち悪いじゃん」
「私がどうとかっていうのは無視なわけ?」
何度目かの溜め息を吐けば「フッ」と口唇をゆるめられる。……癪だ……
ジルベールの顔にかかった髪を掻きあげてやる。彼は、母親だか姉が持つ香水の話をしてくれているらしい。
「なんか、ほら……川みたいな名前のやつ」
「庭でしょ」
もう諦めた。ミラベラの生活は間違いなく、この少年に侵されつつある。
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