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乗船券は大人と小児を一枚ずつ買った。
特に混雑した様子ではなかったが、クラーレットのことは膝の上に置いてやる。
風は、ずっと強いものになっていた。
「冷えるか?」
「だいじょうぶ。ジル、寒いの?」
「いや。ただ……お前は小さいから」
車内とは違い、真正面から風を受ける。加えて目的の地に近づくにつれて空模様は鈍色へと変わっていった。夏らしくない天候だ。
灰色の重苦しい雲が太陽を隠そうとする。
寒がっている様子はないが……クラーレットには、薄着をさせ過ぎてしまったかもしれない。
「行ったことある? 今から行く島に」
「僕はない。両親ならあるらしいけどね」
目的地は島なのだとは告げておいた。ジルベールが暮らした国からも、こうして二人で旅をしてきたいくつかの国からも離れた場所だ。
だが幼いクラーレットには、あまりピンとくるものでなかったらしく不思議そうに顔を傾ける。
そこでもうひとつ付け足した。
「親だよ。僕の母と……父と、その二人だ」
先に母と出したことに意味などなかったが、父から口にするほうが自然だったのかもしれない。
それはクラーレットに「お母さん?」と聞き返されたから意識したに過ぎなかった。
「どんな人なの?」
「……美人」
後ろを振り向いたクラーレットが、真っ直ぐな目をして僕を見る。そんな彼女に対し、そう間を開けずに言った。
「綺麗な人だよ。ショウビズの世界にいるからね」
そこまで答えて、暫し考える。
「そうだな。瞳の色さえ変えれば、僕はいつでも彼女になれる」
きっとこう微笑んだ表情さえも本当によく似ているのだろう。
「写真は?」
「今はない。僕で済ませろよ、どうせ同じ顔なんだから」
どうやら僕の両親の話は幼子の好奇心を大いに刺激してしまったようだ。
「島に着いたら、上着を買う」
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