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「待って」
――いや、待て待て待て待てっ! これは何かの冗談か? 悪い夢か……?
自分は猫を抱いていたとでも……?
「………だれ」
心臓に悪い。冷や汗が出る。
「ミラベラ」
「嘘つくなっ!」
「本当よ。娼館での名前はそう。だから、その仔にも分けてあげたの」
ジルベールが吼えるも、堪忍した様子はまるでない。
「本名で仕事に就くわけないでしょう」
「ひ……っ、卑怯だ!」
少年の喉が引きつった。
とんだ赤っ恥だ。僕が一体何をしたって……?
何か恨みを買うようなことでもしたか?
半開きの口を懸命に動かした。泣きたい。恥ずかしさで死にそう……
「御坊っちゃん、何もあなたを恨んじゃいないのよ。確かに、妬ましいところは多々あるけれど……」
「黙れ!!!」
ジルベールの怒鳴り声に、猫のミラベラが逃げ出した。
彼女がこちらに歩み寄り、僕の頬を包んだ。
「ジル、思えば……あなたは、きちんと本名を教えてくれたのにね」
それは、芸名につけている母の旧姓を抜いたからか?
「じゃあ、私も本名を教えてあげる。あなたに向き合うわ」
手は離さない、目も逸すことができなかった。
「オゥエシーズ、これが名前なの。今度は嘘じゃない」
「信じないよ」
「好きにして」
どんな生意気を言ってもあまり響かなくて、答えに窮する。
「エシー……」
もう一度、噛んで含めるように名前を呼んだ。
「えっ?」
「あなたの名前はオゥエシーズ……嘘がなきゃね。だから僕はエシーって呼ぶ。……僕だけだ……」
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