25人が本棚に入れています
本棚に追加
美奈子の小言は、結婚を機に更に勢いを増したように感じていた。
脱いだ靴下は、そのまま洗濯かごに持って行ってよ。そもそも、なんで風呂場で脱がないの? 一日履いた靴下なのに、こんなところに置いたら汚いってことくらいわかるでしょう?
ため息交じりでの説教は日常茶飯事。言葉も選ばず、思ったことをそのままストレートに投げつけてくる。食事の食べ方に始まり、寝癖の直し方、貧乏ゆすりやテレビのザッピング。もしかすると、自分のすることにはすべて口を出されているかもしれない。テレビのワイドショーで見た熟年夫婦の夫が、自分はまるで空気だよと笑っていたが、自分たちの関係よりも随分マシだと思った。
そんな間柄ではあっても、美奈子は子どもを授かることを強く望んでいた。しかしそれは、コウノトリのご機嫌次第、というようなかわいらしいものではなく、誠が突きつけられたのは緻密かつ強固な家族計画だった。
「男の子が欲しい。産むのは十月にしたい」
理想などという曖昧なものではない、完全なる計画なのだという。失敗が許されないことは、美奈子の目を見れば十分に伝わってきた。そもそも、望んだ通りに子どもを産むことなんて可能なのか、誠にはよくわからなかった。だが、夫婦の単なる会話の流れなどではなく、宣戦布告でもあるかのように言い渡されたことで、美奈子はあくまで本気なのだと再認識すると、これは大変なことになったと慌てふためいた。
そんな大事なこと、結婚前に言ってくれていたらもう少し慎重になったのに。万が一その通りにならなかったとしたら、この結婚生活は、自分の人生は、一体どうなってしまうのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!