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「今日、シゲに誘われちゃってさ。日が変わる前には帰ってくると思うけど、先に寝てていいよ」
世の『旦那』と言われる男たちは皆、恐る恐る口にするであろう「今日は遅くなる」宣言も、誠は靴を履きながら淡々と告げる。
「そうする。明日は検診もあるし、早く休みたいから」
結婚当初は、あまり頻繁に出歩いては寂しがるかと気を遣ったものだが、妻の美奈子はそういったことが特に気にならないタイプらしい。いつものように軽々と了承の返事を受け取ると、誠はドアの向こうでふう、と息を吐いた。
結婚して一年。
新婚と名乗れる間の生活はもっと華やかなものだと思っていたのに、誠は未だに鮮やかな色も刺さるような明るい光も感じたことがない。そればかりか、自分の何が良くて伴侶に選んだのだろうとさえ思えるほどの、美奈子の熱の低さが疑問だった。
いつも、何を考えているのかわからない妻。
愛想笑いや世間話をする時、頬の筋肉は多少動かして表情を作っているが、目はまったく笑っていない。自分と一緒にいる間、楽しそうに振る舞う美奈子を見た記憶がないのだ。出会って間もない頃から、媚びを売るようなことも笑顔を振りまいて自分の方へ意識を惹きつけようというような駆け引きも一切なかった。それどころか、細々と口うるさく、横柄な態度ばかりが目立つ。この人は本当に自分と交際したいと思っているのだろうかと疑ってしまうことも少なくなかった。
それでも、自分さえ我慢すれば成立するのならと言い聞かせて気にしないようにしていた。そんな態度を取るくらいだから、もしかしたらすぐに別れてしまうことも想定していたのだが、トントン拍子で結婚することになり、今に至る。
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