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潤ちゃんがなぜ蟹になるのかわからず、真意を読み取ることはできなかった。隣にいるというのに私たちの距離が遠く離れている気がして、焦ってしまう。これ以上喋らせてしまえば聞きたくない言葉が紡がれるかもしれない。そうしたら距離が離れて、永遠に追い付けない。
「ねえ、何言ってるの?」
声が、震える。握りしめていた手はポケットからこぼれていて、湿度を含んだ夏の風に晒されていた。
潤ちゃんは言いかけていたものを喉元にしまいこむと、諦念混じりの大人びた声で言った。
「帰ろう。もうすぐ夕飯だよ。今日も蟹かな」
「……うん」
好きだと告げることができていたのなら。潤ちゃんはどう答えていたのだろう。カメラを撫でるその手が、こちらに向けられていたのだろうか。
「ばーちゃん、蟹好きだから。たぶん今日も蟹だと思う」
「うーん、困ったなぁ」
私たちの手が繋がれることはない。
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