氷海鳴き

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「流れていく。行き場所を決めず、ふらふら渡り泳いで、浮気者」  認知症になってしまった祖母に聞いてもまともな答えは返ってこないのだろう。だから浮気者と言った理由はもう明かされることがなく。でも、ほんのりと伝わってくるのだ。  そうだね、流氷は浮気者かもしれない。冬にだけひょっこり戻ってきて、そしてまた去っていく。故郷なんてない。簡単にまちを捨てていく。 「……潤ちゃんも似てる」  流されていって戻ってこない流氷が、潤ちゃんに似ている気がした。  私は、両手の親指と人差し指を組み合わせてフレームを作るとポスターに向けた。指の枠の中に流氷。本物ではないけれど、流れていく流氷を閉じこめているようで、カメラマンの気分が味わえた。どこかへ流れていってしまうから、こうして写真の中に閉じこめたのだ。おじさんも、流氷を写真の中に繋ぎとめようとしたのかもしれない。 「潤ちゃんの写真を撮ったら……どうなるだろ」  どこにも行ってしまわぬよう、潤ちゃんを閉じこめてしまいたい。そうしたら、このまちに、私のそばにいてくれるのに。  私に、写真は撮れない。おじさんや潤ちゃんのように技術もセンスもない。指で作ったファインダーだって簡単に崩せてしまうぐらいに。
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