氷海鳴き

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 そろそろ私も寝ようかと立ち上がったところだった。雪音や寝息に混じって、ギシギシと擦り合わせるような音が聞こえた。騒がしければ聞こえなかったであろう小さなものだったが、夜の静けさによって響く。この音が聞こえたのは私だけではなかった。不思議そうな顔をしている潤ちゃんに、父が答える。 「流氷が鳴いてんだ。今晩はうんとしばれて、風も吹いてっから、こりゃ接岸するかもしれんなあ」 「……流氷が、鳴く」  眠たそうにしていた眼にゆるゆると力が戻っていく。そしてカメラを手にして立ち上がった。 「どこ行くの?」  私も慌てて立ち上がり、その背を引き止めるべく声をかける。 「海みてくる」  こんな夜に外出しようとしているのだ。私だけでなく、起きていた大人たちも玄関に顔を出して潤ちゃんを引き止めた。 「夜だよ、写真なんて撮れない。それに外は吹雪が――」 「撮れなくてもいい。一度でいいから見たいんだ。すぐに戻るから!」  静止の声を聞かず、冬風の冷たさを浴びようが潤ちゃんの足は止まらない。外へ滑り出して吹雪まじりの宵闇に溶けていく姿は、少年のようにきらきら輝く好奇心に満ちていた。潤ちゃんが湛え続けてきた流氷への羨望が爆発しようとしているのだ。  それは私にとって恐ろしいものだった。ここで潤ちゃんを見送ってしまえば、戻ってこないのではないのか。私は置いて行かれるのではないのか。ただ外に出かけただけだというのに、吹雪の夜が漠然とした不安を植え付ける。 「……様子みてくる」  たまらず、私も家を飛び出した。
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