氷海鳴き

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 海のまちの風は強く、混じった雪の粒が肌に触れれば、灼きついて痛い。冷たいはずなのに鋭く熱したもので擦られているようだった。ほんの少し遅れて出ただけなのに、潤ちゃんの姿は見つからない。視界には遮るように吹きすさぶ雪だけ。 「潤ちゃん、待ってよ」  置いていかないで。  このまちに、私を残していかないで。  まるで流氷の隙間に落ちてしまったかのように、冷たい夜。この暗闇に潤ちゃんが奪われてしまえば二度と会えないのではないか。流氷と共に去っていってしまうのではないか。そんな不安が私をかきたて、けれど潤ちゃんは前を走っていく。見えなくなりそうなほど距離が離れていく。 「行かないで、置いてかないで」  叫んでも返ってこない。聞こえるのはギシギシと鳴く音だけ。ぶつかり、削れて、氷の塊たちが鳴く。ようやく潤ちゃんの足が止まった。周りはいつもの防波堤なのに、不思議なことに地面を広く感じる。吹雪の夜で視界が悪いからか、ここは防波堤でなく、海もないのだと思えてしまう。流氷が接岸して海を覆いつくしたことで雪と氷の白い大地になっている。その広い大地の、雪と氷の境目のような場所で潤ちゃんは立ち止まっていた。  息を呑む。風音に混じって、カチンと弾けるような音が聞こえた。手袋もつけずに走ってきてかじかんでいるだろう指先はカメラを掴み、暗い夜を切り取ろうとする。写真の中に流氷を閉じこめて繋ぎとめる。後ろにいる私のことに気づきもせず、流氷と潤ちゃんは見つめ合っているのだ。  写真を撮ってもらう時の、カメラを通じて全身に浴びる視線の高揚を私は知っている。だから羨ましくてたまらない。このまちにいるのは、流氷のため。私のためではない。 「置いていかないで、って言ったのに」  シャッターを何度も切ったところで、私がぽつりと呟く。それでようやく潤ちゃんは振り返った。
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