氷海鳴き

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「どうして、ここに。僕を追いかけてきたの?」 「だって。潤ちゃんがどこかに行ってしまうと思ったから」  一歩、潤ちゃんに近寄る。驚いた顔をしていた潤ちゃんはじりと後ずさった。 「ごめんね。まさか追いかけてきていると思わなくて」 「ねえ、どこにも行かないで。このまちにいて。私と一緒にいて」  けれど潤ちゃんは私をまっすぐみつめたままで、その首が縦に動くことはない。  ふと、氷海の鳴き声に祖母の言葉を思い出した。流氷とは浮気者である。それは祖母の言う通りなのだ。だから潤ちゃんも私を置いていくのだろう。潤ちゃんだけじゃない、潤ちゃんの父親だって平気で家族を置いていく人。そして祖父も、家を出て行った人。浮気者だらけだ。みんなみんな、このまちを置いていく。 「蟹、だ」  その答えに辿り着いた時、浮かんだのは祖母のことだった。弱音を吐かない祖母が隠していたもの、どうしてここで死んでいたのか。祖母はある時を境に蟹を好むようになったのだと聞いたことがある。それは、おそらく。 「潤ちゃん、流氷の下には何があるんだろうね」  私の問いに答えようと潤ちゃんの視線が海に向けられる。そこは白く、流氷に覆われていたけれど、ところどころに黒い隙間がある。無機質な黒に飛びこんでしまえば、凍てつくものに体が浸される。氷海の裏にある、おそろしく冷たいもの。  音は、聞こえなかった。吹雪の音にかき消されたのだと思う。残ったのは両の手に残る最後の温度だけ。流れて、覆い隠して――私はあの流氷が隠していたものを、知ったのだ。
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