氷海鳴き

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 このまちにはいくつも観光名所があるが、最も有名なものは流氷だ。オホーツク海沿岸に位置するここでは、真冬のわずかな時期だけ流氷を観測することができる。他のまちでも流氷を観測できるため、この時期は観光客の奪い合いで宣伝活動に忙しい。役所の人たちが作ったのだろうポスターには、身の縮こまるような寒々しい写真を背景に、他の地域との違いやこのまちだけの特徴までびっしりと書いてあった。 「おじさん、写真とるのうまいね」  私がそう言うと、潤ちゃんは「ありがとう」と答えて再び歩き出した。私も並んで歩く。額に汗が浮かんでも繋いだ手は離したくない。ふたつの手の間に存在する湿り気は、ほんの数週間しかない夏そのものだった。  潤ちゃんと共に歩きながら、私はポスターを思い出していた。おじさんが撮った流氷の写真を呼び水に、流氷を思い出す。  海と空、二種類の青を切り分けるような白の境界線。外に出て数分もすれば耳がひりひりと痛くなる冬の日に、流氷は青を切り裂く。遥か遠くに浮かぶ流氷は近づいたり離れたりを繰り返しながら、じりじりとこちらへやってくる。ほっそりとした白線は次第に太くなり、やがて海の青を覆う。厳冬期と活気を乗せた白い塊に、海が支配されるのだ。その凍てつく風や騒がしさに混ざって響くは氷たちの擦れる音。ぎしぎしとすり潰されて流氷が鳴く。この時期だけの流氷鳴きだ。  おじさんが撮った写真は素晴らしい出来で、簡単に厳冬の海を思い出すことができるのだが、やはり夏が勝る。どれだけ思い浮かべようが汗は消えず、べったりと背中に貼りついたワンピースが不快なままだった。
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