氷海鳴き

「きょうのごはんは何がいい？　潤ちゃんはなにが好き？」

　エプロンをつけた人形を動かしながら母役になりきっていると、潤ちゃんが答えた。

「僕は何でもいいよ」
「じゃあわたしの好きなごはんね。きょうのごはんは蟹よ」

　蟹はこのまちの名産物だったが、名産物だから好物というわけではなく、単純にあの淡泊な味が好きだった。母親役の台詞を言いながらキッチンを模した空き箱に人形を入れ、夕飯を作るふりをする。その間、潤ちゃんはソファに人形を座らせながら困ったような表情をしていた。ちらりと目をやれば、形のよい唇がふにゃりと動きだす。

「蟹好きだね」
「うん。おいしいから」
「僕はこの時期の蟹はあんまり好きじゃない。流氷がいなくなった後の、春の蟹が好きだな」

　このまちで、最もおいしいと言われるのが春に獲れる蟹だ。流氷が運んできた栄養を摂ってふくふく育つからだと大人が話しているのを聞いたことがある。潤ちゃんはそのことを知っていたから春の蟹を好んだのだろう。

　私は、潤ちゃんに対して特別な感情を抱いていた。それは幼さゆえに淡いものではあったが、彼のそばにいるとそれなりに緊張した。普段は一人二役で遊んでいる人形も、彼が触れるだけでひときわ輝くお姫様に見えてしまう。

「ねえ、他のことをしようよ」

　人形から手を離し、潤ちゃんは立ち上がった。