氷海鳴き

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 翌日になれば集まった親戚たちは帰りはじめて、夕暮れになれば残っているのはいつもの家族だけになる。しんと静かになった家が寂しくて、人気を求めて居間を覗くと祖母が片付けをしていた。母も台所で片付けをしているのだろう。忙しい大人たちを思い、私も祖母を手伝った。  親戚たちが帰った後の祖母は口数が減る。元々喋る方でもないのだが、それが余計に減って険しい顔つきになっていくのだ。いまにして思えば寂しかったのだろうが、それを口にすることはなかった。祖父が蒸発した後、女手ひとつで子供たちを育てあげてきた人だったので、他人に弱音を吐くことを嫌っていた。風邪をひいても倒れるまで隠して元気なふりをするような祖母だったのだ。当時の私はそれがわからず、祖母が不機嫌なのだと考えていたので、元気にさせるべくあれこれ話しかけていた。 「ばーちゃん、ポスターみた? 今年はおじさんがとった写真なんだよ」  祖母は頷いて、ごみ箱を持ち上げた。 「……何がよくて、あんな写真撮んだべな」 「きれいだったよ。おじさん、写真とるのうまいよね」  何も答えず、祖母は庭に出て行く。追いかけると祖母はごみ箱の中身をドラム缶に移そうとしていた。そのごみの中に一枚の写真があった。それはあのポスターで使われた写真で、親戚や祖母に見せるために焼き増ししてきた写真だった。祖母は写真をわしづかみにすると、躊躇いなくドラム缶に放り込んだ。 「あ」  流れるような祖母の動きに驚き、つい声が漏れでてしまった。  このドラム缶に移ったものはごみとして燃やされる。おじさんが撮った写真なのに、まさか祖母が捨ててしまうなんて思わなかったのだ。目を丸くしている私に、祖母の背がゆらりと動いた。表情はわからなかったが、機嫌が悪いことはわかった。 「流氷は浮気者だ。きれいでも何でもねえ」  当時五歳の私にウワキモノという言葉がどんな意味を持っているのかは理解できず、しかし祖母が流氷を好んでいないことはわかった。今後は祖母の前で流氷の話をしないように決めたのだった。
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