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そうして山の中を駆けずり回った結果、落ち着きを取り戻したのは、完全に帰り道を見失った末に、足を挫いて動けなくなっての事だった。
感情のままに行動できなくなった結果、怪我という現実的な問題に向き合うことで冷静になれたのは、我ながら皮肉が効いていると、バックパックから取り出した救急セットで応急手当をし終えた足首を見ながら、俺は思ったのだ。
そして何より、未開の地の恐ろしさを、我が身を持って思い知らされた。
「自然、こわい……」
思わず弱音が口を突いてこぼれた。
三十路も半ばを過ぎたおっさんが何をと、笑いたければ笑えばいい。いくら都会で企業戦士として活躍しようが、そんな事は、こうして自然の中に居ては屁ほどの役にも立たないのだ。
こんな事もあろうかと、事前に用意した文明の利器の数々は、確かに役に立っている。無駄では無かった。しかし、それはほんの慰め程度だ。
非常食は、ある。けれども、どんなに切り詰めても、もって三日だろう。あぁ、その前に飲み物が底を突く。
ダメだ。生き残れる気がまるでしない。
いつの間にか暗くなり始めていた。
座り込んだ俺を囲む草や木々が、明るかった頃とは別の何かにしか見えない。コイツらは、俺がここで朽ちて土に還り、養分になるのを待っているのだ。そうに違い無い。
「なんて狡猾で恐ろしいんだ、自然てヤツは!」
誰だ、自然は癒しだとか寝ぼけた事を言ってたヤツは! これを見ろ、見てみろよ! これが自然の本性だ! 公園なんかに生えてるのは自然じゃない、あんなのはしょせん、人間ごときに管理された自然モドキ何だよ!
「ちくしょう……」
俺はこんなとこで死ぬのか。こんな緑が支配する異世界じゃなくて、人の世界で死にたいッ!
「誰が……だれか、助けれくれッ……!」
それは、生まれて初めて口にした、心からの願いだった。
そんな俺の願いに対する審判の時は、すぐに訪れた。俺を取り囲む自然の中にあって、不自然な音が耳に届いたのだ。
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