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――カサ カサ カサ カサ カサ
一定のリズムで鳴る、落ち葉を踏み締めるようなその音は、徐々に、しかし確実に、大きくなる。それはつまり『ナニカ』が近付いて来ている事を意味していた。
その事実に、俺は震えた。
近付いて来ているのが、人であるなら俺は助かるだろう。しかし、そんなに都合良く人が来るだろうか。こんな視界の利かない山の中で、たった一人剥ぐれた俺を、誰が見つけるというのだ。ウォ〇リーだって、もっと見付けやすい所にいるだろうに。そんな事はもう、奇跡の類だろう。そしてそれが可能な者がいるとすれば、それは神かなにかだ。
だが、そうでは無く、それが鼻のきく獣であったなら――例えばそう、熊だとしたら……。
「ひいっ」
お肉となった自分を想像してしまい、俺は恐ろしくなり、それ以上は考えるのを止めた。
頭を抱えて蹲った。
だんだんと、音が近付いて来る。もう、すぐそこだ。
ガサリと近くの藪から音がした。すぐ後ろの藪だ。終に『ナニカ』がやって来たのだ!
「あ。居た居た、大丈夫ですか?」
ガタガタと震える俺の耳が聴いたのは、どこかホットしたような声音の、そんな言葉だった。
「え……?」
自分の耳が信用できず、まさかと思いながら、恐る恐る後ろを見やると、そこには俺を心配気な顔で見つめる一人の若い女の子が。
奇跡は、起きたのだ。
「あのぅ、大丈夫ですか?」
あまりの事に放心していると、再び彼女に問い掛けられた。
「あっ、はいっ、大丈夫ですよ生きてます死んでませんッ! ……死ぬかとは思いましたが……」
「ふふっ、なんですか、それ」
俺の返答が面白かったらしい彼女が、口元を手で隠してくすくすと笑った。
その笑顔を見て俺は思った。『なんだ。助けに来たのは少女などでは無く、女神だったのか』と。
その後、俺は事情を説明し、女神に先導してもらい山を下りることになった。
その道中には、彼女とは色々話しをした。特に、ここは人にとって如何に異界であるかを。そんな俺の話を、彼女は楽しそうに笑いながら聞いてくれた。
そしてその道中に、俺は確信したのだ。こんな異界である山を己の庭の如く振る舞う彼女は真に女神であり、そんな彼女と添い遂げることが出来たのなら、それは無上の幸福に違いないと。
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