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「そうですよ。迷い人『長谷川京』さん?」
突然名前を呼ばれた少女――京はびくりと身体を震わせた。じっと彗を見つめる。全身から警戒しているのが見て分かる。
「怯えなくても大丈夫ですよ」
「初めて来た店で初めて会った奴に名前を言われて怯えるなってのが無理な話よ」
慧は驚いたように目を見開いたがすぐにそうですねと言って微苦笑した。
慧と名乗るこの男は、甘いマスクに低い声。男であるのは間違いないようだが、年齢までは分からない。
「ここって、お店よね?」
ふと疑問に思ったことを京は口に出していた。
「何を売っているの?」
「そうですねぇ~…」
顎に手をあて視線を彷徨わせしばらく悩んだあと、ぽんと手を打って慧は口を開いた。
「人の心を売っていますかね」
「?」
その答えに京は疑問付を浮かべた。慧は苦笑すると正確には売り物ではないんですよと口を開いた。
「お客様の願いを叶えるサービス業になります。例えば貴女は、自分の無実を話したい相手がいるのではないですか?」
その言葉に京ははっとした。
「何故…?」
細い声でそれだけを絞り出した京に優しく微笑みながら、慧はそれ、と言って京の服を指さした。
京はそこで初めて自分がセーラー服を着ていないことに気付いた。代わりにシンプルな白のワンピースを着ている。左胸の上に真っ赤な薔薇が咲き、白のワンピースを緑の荊が彩っている。
「白は純粋さ、緑の荊はしがらみを表します」
慧は京が混乱しているのをいいことに、わざと薔薇の説明を省いた。
「何をそんなに悔いておられるのですか?」
優しく問われ、京は混乱している頭を使って考えた。
そうよ。全て誤解なのよ……。
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