夜叉姫誕生━━━━序章━━━━

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 もはや伍長は魔法にかかったような気持ちで、中学校の美術室にあったギリシャ彫刻の女神像にも似た美しい身体を間近に見たい欲望に勝てなくなっていた。  それでも僅かに残った憲兵としての自覚が小銃のボルトを動かし、実弾を装填する。  いざとなれば引き金を引くだけでいい。この近距離で外しっこない。  そもそも暴れたら射殺して良いという命令もうけているのだ。  伍長は憲兵ではなく、二十二歳の青年に戻って固唾を呑んだ。 「……よ、よし。い、今、そばにいってやるっ。ヘンな真似をしたら撃つからな!」  頑丈な南京嬢を外し、鉄格子の扉を開く。  僅か数メートル先から漂う花のような甘い匂い。  小銃を構えたまま少女の顔を見遣ると、彼女は優しげな瞳を潤ませる。 「……本当に来てくれたんだね。あたし、何も悪いコトしてないんだよ。それなのに、いきなり兵隊さんに捕まって……それで……。ねえ、お兄ちゃん。お願い助けて」 「……う……うう……」  伍長は命令も忘れ、ボタ剣(銃剣)を腰に帯びたまま少女に一歩近づいた。  すると―― 「照れてるの? お兄ちゃん、可愛いーー。あはははははははは!」  くったくない博子の笑い声が薄暗い地下牢に響いた。
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