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水や食物を与える場合は、常に二名ひと組以上であたり、うち一名は小銃に実弾を装填し、常に頭部か心臓に銃口を密接させ、確実に即死させる準備を整えてからなすこと。
なお、武器を鹵獲される危険を避けるため、牢内へ持ち込む小銃は一挺。実弾は二発のみと制限し、銃剣は取り外して牢外に残した同僚に預け、外からの施錠確認を厳にする。
また、少女が何を言っても、その一切を無視し、耳を貸してはならない。
もし、万が一、少女が捕縛を逃れ、逃亡、抵抗を図った場合――
「……速やかに射殺処分せよ! いいな? 相手は化け物だ。努々、油断はならんぞ!」
「ハッ! し……承知いたしました!」
下級憲兵は、最近配備されたばかりの九九式短小銃を両手に掲げ『捧げ筒』の姿勢をとりながら、怪談話のような命令を残して地下室を後にした高位上官ふたりの背中を見送ると、まるで自分が上野動物園にいるライオンか虎の飼育係にでもなったような感覚に戦慄した。
――顔は菩薩の如し、その内心は夜叉の如し。
そんな、いにしえの例え話が脳裏に去来する。
菩薩の顔。その少女、博子の顔は、その例えに違わず、凛々しく美しかった。
バサバサの短髪を整え、それなりの衣服を装えば良家の令嬢にも見えたし、美しさの中に、たまに見え隠れする子供のような愛嬌は、吉原界隈に名うての遊女にも見える。
要するに、どんな顔も声も作れる、まるで探偵小説に出てくる女怪盗みたいな芸当を本当にやってみせるのである。これでは、鬼より怖いと恐れられる憲兵の肝も縮む。
――……嫌な部隊に配属されてしまったな。いったい、ここは何なんだ?
下級憲兵は重い気持ちでほぞを噛んだ。
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