第1章

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 「そろそろデパートに着くよ。もう少しだからね」  夏の暑さのためだろうか。母も顔全体に汗をかいている。背中にも、うっすらと汗の跡が見えるほどだ。すぐに頷いて、ルリもベンチから腰を上げる。目的地までもうすぐだ。  数十分は経っただろうか。ルリの目の前には茶色を基調とした、約八階建てとも見えるデパートの正面玄関があった。外壁の至る所に、バーゲンや数字のような文字が垂れ幕にうっすらと映し出されている。両目を細めながら、その垂れ幕を見つめていると母から、 またも手を引かれた。  「そこに立ってたら危ないでしょ。早く入るわよ」  手を引かれるがまま、デパート内へと入っていく。デパートでは今セールが行われている様子であり、様々な人がワゴンのような物にひしめきあう姿が見えた。皆、同じような人にしか見えないルリは不思議とその光景に眼を見張らせた。  今、ルリの手は誰とも握られていない。母はお手洗いに一人で入っており、ルリはこの場所から絶対に動かないように言われていた。  しかし、十歳の子供にとって、その場に立ち尽くすことは至難の業であった。約五分と経たない内に、トイレの出入口周辺から離れて、一人でデパート内を歩き周る。  約十分も歩いただろうか。大きなガラス張りの両開きのドアを両手で押しながら入ると ルリの眼に飛び込んできたのは、下へと続く薄暗い階段であった。恐怖心よりも、好奇心が勝り、階段を一段一段と降りていく。周囲は今までの喧騒が嘘であるかのように、静まり返っていた。階段を下りる度に、胸騒ぎがする。これ以上降りるべきではない。十歳のルリにも本能はある。それが危険信号を常に発信し続けている。けれども、階段を降りた先に何があるのか。何が待ち受けているのか。 その気持ちの高ぶりを抑えることは出来なかった。  約五十段はあった階段を全て降りた。十歳の体力にはさすがに応える。壁に手をつき、 右足をさする。階段を降りた先は、黒塗りの大きなドアがそびえ立っていた。高さは約3m、 横はルリが両手を目一杯伸ばした長さであろうか。異様な雰囲気を放つドアに少し後ろに下がってしまった。 ルリから見て、左手側から薄っすらと縦長の光が内部から漏れ出している。ドアはわずかに開いているようだ。ドアノブには手が届かない為、恐る恐るドアの隙間に手を差し込み、両手をかけて、ゆっくりと引いた。  きぃぃ......
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