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鵺村が再び口を開こうとすると、虎田はそれを遮るように目の前に茶碗を突き出した。
「詳しいことは、皆本さんが説明する」
睨みつけるような視線を向けられ、鵺村は何も言えなくなった。
その日、虎田の荒い運転に揺られ、自宅に戻ったのは日付が変わる間際だった。
皆本から自宅に電話でも来るのかと落ち着かない週末を過ごし、月曜の朝を迎えた。連絡は無かった。代わりに派遣会社から連絡があり、一週間後の月曜日から正社員になる旨の連絡を受けた。工場研修が決まったときに、派遣会社から正社員になる契約の話があることを知らされていたので、驚きは無かったが、「契約の書き換えの関係で一週間休みを取って欲しい」という派遣会社の連絡を受け、鵺村は携帯電話を切った。
休暇を取ることを許された鵺村が本社に復帰したときには、工場はおろか、その地区一体が、閉鎖される話が進んでいた。
あの死体のことで、警察が鵺村を訪ねてくることはなかった。誰だか知らないがあの自殺死体は、社内で秘密裏に伏せられたのだろうか。そんなことが可能なのか?名乗りでなければ俺も共犯になるのではないか。
鵺村はどうしていいのか分からなかった。夜も眠れず、目をつむるとぶらさがる影をまぶたの裏に見てしまう。仕事中は、訳も言わず一週間休暇を取っていた鵺村に対して周りが気遣っているのが感じられたが、表面上は何も言わない。鵺村も仕事に没頭することで無理やり日常を取り戻そうとした。
月末締めの作業を終えた金曜日、先輩の皆本から飲みの誘いを受けた。
「もう体調、大丈夫なのか」
「はい、もうすっかり」
鵺村は快活に言い、運ばれてきた生ビールを皆本に手渡す。皆本も鵺村の手からビールを受け取り乾杯して口をつけた。そして暗い顔をする。
「悪かったな」
「何がですか?」
何故皆本に謝られなければならないのか。鵺村が先を促すように黙っていると、皆本が覚悟を決めたように話し始めた。
「工場研修の件だよ。鵺村に行かせることで、工場閉鎖の案件を、ウチの会社は進めたがってたんだ」
皆本は何を話し出すのだろう。鵺村が理解しようとしている間に、話は続いた。
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