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「三月を持って、工場に勤務する従業員五十人を解雇、六月中の撤退。部長は報告書を読み上げるように空でオレに言ったよ」
「五十人はどうするんですか?どこ行くんですか?その人たち、裁判起こすんじゃないですか?」
「あの地区を奪われて困ってる会社はウチの工場を含めて数社ある。あそこから東北に四十六・九キロ離れた場所にその会社が集まって、共同で倉庫を管理し、今までどおり作業を行う会社もあるそうだ。そこへ再就職する者が多いらしい」
「みんな、上手く移れるんですか」
鵺村の問いは、皆本の後ろめたい部分をえぐったのだろう。一瞬言葉に詰まり、沈黙ができた。けれど鵺村の視線に小さく開き直った。
「…移ったとしても…部長や他の幹部の読みでは、そこも数年後には無くなるだろう、と」
それはそうだ。他社に移ったところで物量が増える根拠は無い。あの倉庫で減り続けた物量が、一つにまとめたところでこの業界の取扱量自体が減っているのだったら、希望的観測は持てないことぐらい誰だって分かる。
「俺がこの話をしたのはな、鵺村。雇ったときに、お前を正社員として会社に迎える準備があったということだ」
開き直った皆本は、お前も共犯者だと言外に匂わせている。鵺村は顔を背けた。そして大きく何度目かの溜め息を吐いた。長い沈黙の後、一つの質問をした。
「先輩、オレが復帰してから社内メールを出しても届かない人間がいるんですが、彼はどこに飛ばされたんですか?」
「誰だ」
「鳥谷って、オレと同時期に入社した男です」
「鳥谷?そんなヤツ本社にいねえぞ」
「そんなことないですよ。だってオレ、給湯室で」
そこまで話して、鵺村は奇妙なことに気づいた。鳥谷に社内で会ったのは、あの一回だけだ。
「誰かと勘違いしてんのか?」
「いえ、そんなはずはないです。下の名前は…雷太って言ったかな、あ、そうだ、右の手のひらにケロイド状の古い火傷の痕がある」
そこまで言うと、皆本は片方の手で口元を抑えたが、もう片方の手は置いたビールのジョッキをテーブルの端へと滑らせ、ひっくり返した。床に落ちたジョッキは割れなかったが、慌てて店員が飛んできた。
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