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以前、給湯室にお茶を入れに行ったときに会い、鵺村と同時期に派遣されたのだと鳥谷から話しかけてきた。きっと鵺村が一ヶ月研修に行くという情報をどこかで掴んだのだろう。初めて一緒に飲む同僚との酒を楽しみに、鵺村はメールを返した。
鳥谷が指定したのは、会社と鵺村の自宅の中間地点にある駅のイタリアン居酒屋だった。鵺村が入っていくと、定員よりも先に鳥谷は鵺村を見つけて手を上げた。
「わりぃ、待たせた」
「いや、先にやってたから」
ゆったりとした口調で話す鳥谷は、空のビールジョッキを持ち上げて口に小皿に入った素焼きアーモンドを放り込んだ。鵺村の「生一つ」の注文に「オレも」と更に高々とグラスを上げる。そんな鳥谷を見て、鵺村は辺りを見回しながらコートを脱いだ。
「良い店だな。オレ、鳥谷さんと初めて飲むよな」
「うん」
口に入れたアーモンドに水分を取られ、鳥谷はモゴモゴと返事をした。鵺村はビールが来て乾杯したのを機に、入社してからの自分の環境にあった出来事を一気に語った。自分では人より頑張っているともストレスを溜めてるとも思ってないが、派遣社員ゆえ、他の社員にそうそう胸の内を明かすことはなく、こんなにも溜め込んでいた自分に驚いていた。鳥谷は気の良いヤツで、鵺村の話を愛想良く聞いてくれた。
一通り話した鵺村は、満足したようにぼおっとして、鳥谷が柚子風味のラディッシュのサラダを取る手を見つめていた。鳥谷の右手のひらには、広範囲に渡ってケロイド状の痕があった。火傷の後の処置が悪かったのだろうか。そんなことをぼんやり考え、つい眺めていると、鳥谷が口を開いた。
「来週から行くんでしょう?」
「うん。正直、朝起きられるか心配。いつもより一時間早く家出ないといけないんだよ。そこがツライ」
「工場の噂って知ってる?」
「噂?」
「鳥の鳴き声が聞こえてくるんだって」
鵺村にまるで打ち明け話をするような小声で言う。
「別に鳥が鳴いてもおかしくないんじゃない?」
「それが聞いたこともない、不気味な鳴き声なんだって。一人で工場の中にある倉庫で残業してると、出るって」
「‘出る’じゃなくて‘聞こえる’でしょ?」
「‘出る’んだって、鳥が出現するんだって」
鳥谷は、驚いたかとでもいうように笑った。
「出現?どういうことなんだろ」
「変な話だよね」
「そうだな」
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