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鵺村は、ハハッと合わせて笑った。それから別の話になったが、何故か鳥谷はこの話をしたくて誘ったのではないかと、鵺村はそのとき思った。
カーテンの外を覗いてもまだ薄暗い三月の早朝、起きるのが苦手な鵺村は、なんとかベッドから這い出す。エアコンは起きる三十分前にセットしてあるが、それでも部屋は完全に温まらない。かねてからこの部屋はすきま風が入り込んでいるのではないかと疑っていた。
顔を洗い、髭を剃っても、食事をしてもまだ明けきらない頭に気乗りしない気持ちを載せて、駅へと向かった。
工場での研修は、結構楽なものだった。忙しいはずの所長である虎田自らが、メインで動いている工場のラインを案内してくれた。
「本社にいると、商品の流れって全然見えないでしょう。書類だけ見てても実感沸かないよね」
「あ、はい」
気さくな虎田の言葉に相槌を打ちながら歩いていると、首にタオルを巻いている作業員が多いことに気づく。そんなに重労働には見えないが、やはり汗をかくのかなどと考えていると、前を歩いていた虎田が立ち止まった。
「倉庫はこの工場の隣の工場、第二工場の中にあるんだけどな」
そこまで話すと、「おい逸見、倉庫へ案内してやってくれ」と近くで作業をしていた年若い男に声をかける。そして鵺村の方を向いた。
「悪いな、俺はもう行かなくちゃならなくてな」
「いえ、ご案内、有難うございました」
手を振りながらその場を去る背中を見届けて振り返ると、あからさまに面倒そうにしている逸見がいた。
「すまんけど俺、作業中だから。道教えるわ」
逸見は無愛想に言う。仕方なく鵺村は、教えられた倉庫までの道筋を頭に入れて、ひとり隣接されている第二工場へと向かった。
第二工場の前まで来たとき、建物の間を吹き抜けた突風に身体を押され、前を歩いていた作業員の背中に勢いよくぶつかってしまった。
「すみません!」
そう言って目を上げると、作業着を着た男の首筋が横に黒ずんでるのが見えた。つい目を奪われていると、胸に‘猿谷’と名札を付けた男はさっと首に手を当て、恐い顔で鵺村を睨んで腰に下げていたタオルで首を覆った。そして第二工場へと入っていった。
「やべえ」
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